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extreme脱退後のヌーノ・ベッテンコートインタヴュー


Category: 音楽   Tags: ギター  ヌーノ・ベッテンコート  
久々にヌーノ・ベッテンコートの「population 1」を聴いていて、初ソロである「Schizophonic」とやはり音楽的なベクトルは近いな、と再認識して、今はextremeが再結成したけれど、在籍時の人間関係その他が最悪な状況だったよな~と思った所から当時のインタヴューをテキスト起こししていた事を思い出した。

ヤング・ギター誌やBURRN!!誌でも当時のインタヴューはあったと思うけど、恐らくここまで内情を暴露したインタヴューは無いのではないかと思う。
もしくは、言い回しを微妙に変えてソフトにしているか、だが。
正確な年や号数は覚えてないが、extreme脱退後、「Schizophonic」発表時のインタヴュー。
「Music Life」誌で、インタヴュアーは三枝みゆき氏。
何ぶん10年以上前の話で、当時の事を知らないファンが多いのでは無いか、という事と、ヌーノ本人による暴露、という部分で少なからず気になるファンも居るのでは無いか、と思ったのでアップする。
文章の体裁を整え、ヌーノの段落は強調するが、その他の装飾や中抜き等は一切無し。

※ヌーノ・ベッテンコートファン以外にはたぶん何も面白く無いと思う長文。プラス、最後に曲紹介で過去最大量の動画。



その日ヌーノは怒っていた。ある時点の自分の精神状態を回想したり、自分が作り上げた創作物を分析させられることにうんざりしていた。
はたしてそれがインタビューというものなのだが、彼は明らかにその状況を嘆き、まるで面倒臭いとでもいうかのように、ソファに身体を沈めたまま、お約束の言葉を機械的に繰り返していた。
会話が平行線を辿り、私がいっそインタビューを切り上げ「let the music do the talking」というタイトルでも付けて、短くまとめてしまおうか、と皮肉に考えていた時、彼が口を開いた。
「そんなレコード会社の資料を読めばわかるようなことを聞いて、読者が面白いとは思えない」
そう、確かにレコード会社はインタビューの参考にと、彼のソロ・アルバム「Schizophonic」のテープと一緒に、歌詞から対訳からヌーノ自身の曲解説までついた分厚い資料を各メディアに配布していた。その内容を読めば、改めてインタビューすることはないとも言えた。
ところが、私はといえば、ヌーノがextremeというバンドを離れて初めて作ったこの作品が、純粋に音楽的な意味では「様々な音楽性を試している」という点でextremeの同一線上にあるが、そこに込められたムードがまるで違っていて、その違いを何とか彼の口から説明させようと、歌詞や曲の成り立ちの細かい部分を突っつき回していたのだった。ヌーノは続ける。
「2年振りに会ったっていうのに、何だい、君の質問は、他の奴とおんなじじゃないか。サウンドの洞察とかはそれなりに鋭いものがあったけど、僕が話したいのはそういう事じゃないんだ」
私はその瞬間、自分の至らなさを目一杯恥じ、またそれを痛感したが、何よりも今、さっきまでの気だるい顔が嘘のような、まっすぐな視線を投げかけ、率直な言葉で問いかけてきたヌーノに、どう応えていいものか戸惑っていた。私は言った。
「あなたの言いたいことはよくわかったわ。でも、ソロ・アルバムが完成して、そのための取材なのだから、もっと語ってくれると思っていた」
すると、こんな予期せぬ言葉が返って来た。
「わかった。今晩、インタビューをやり直そう」

そしていま、そのヌーノと、さっきと同じ部屋の同じソファに座り、もう一度向き合っている。
「さっきはごめんよ。3日間同じ事を話し続けていたら、だんだん自分がハンバーガー屋の店員みたいな気分になってきてね。君のせいじゃなくて、たまたまあの時爆発して、あの時間はボストンの真夜中ってこともあって……。さあ、全部説明するから何でも聞いてくれ」
 滞日最後のディナーをスタッフの方々と楽しんだヌーノは、リラックスして足をテーブルの上に伸ばす。時刻は深夜0時半。質問状も資料もない前代未聞のやり直しインタビューが始まった……。

―今回のソロ・アルバムは、音楽的にはextreme時代同様いろんな要素がたくさん詰まっているけれど、その範囲はより拡散の方向へ行ってるし、何よりムードが全然違いますよね。「Waiting For The Punchline」のような張り詰めた緊張感はなくて。

N:うん。おかしなもので、エクストリームでやってた時は、何でかわからないんだけど、音楽の中で、何かシリアスなテーマについて深く掘り下げる作業をやってる内に、いつの間にか葬式のサウンドトラックを作ってるみたいなところまで行っちゃってたんだよね(苦笑)。望んでいないのにどんどんそっちの方に進んでしまって、結果的に僕らのパーソナリティまでそういう風になってしまいつつあったんだよ。
「Waiting For The Punchline」にしたって、僕個人としては、未だにあれはとても気に入ってる作品の一つだけど、聴いてみればすぐわかってしまうよ、あそこにはfunが欠けてることがね。君がそこに気付いてくれたっていうのはとても大事なところだ。実のところ、それが僕がバンドを離れることにした理由だから。

―あなたがextremeを脱退したいと考えたとき、メンバーに相談はしなかったんですか?

N:いや。僕ひとりで下した決断だった。でも、本当のことを言えば、バンドが終わる必然性はまったくなかったんだよ。これは今日、このインタビューだからこそ話せる事の一つなんだけど……。
僕がバンドを離れた事によって、僕の決断が正しかったってことがハッキリしたと思うんだ。だって、もしゲイリーが自分にはこのバンドで歌うことしか出来ないって本気で思ってたら、「いいよ、幸運を祈ってるぜ。頑張れよ!」って僕を送り出して、違うギタリストを入れてバンドを続けていけば良かったんだから。
つまり、僕は常に“これしかない”って気持ちになってる人達と一緒に仕事をしていたいんだよ。他の事は何も知らないし知りたいとも思わない、これが人生の全てなんだから、って気持ちでいる人達とね。もしゲイリーがVan Halenのオーディションを受けていなかったとしても、彼は他のことをやってたと思う。結局、彼にはその程度の気持ちしかなかったってことさ。


―音楽的にはどうでしょう? ソングライターとして、あなたはextremeという枠にある種、制限されてると感じる部分はあったんですか?創造性の発展が妨げられているというような恐怖感は……?

N:(深く頷く)うん、あったね。実はそういう状態がもう何年も続いてたんだ。この肩の上にずっしりとね……。
たとえば、誰かと付き合っていて、自分はその相手を愛してるし、ずっと一緒にいたいと思ってるけど、心の奥底では決してすべてを満足させることは出来ないってわかっているような、そんな感じだった。それでもやれるとこまでやって、何とか状況を改善していこうと努力するんだけど、ある時点で悟るんだ、これじゃ自分を磨り減らしてるばかりで、事態は何も変わってやしないじゃないか、ってね。
人生っていうのは満足感を得るためにあるんだ。自分の欲しいもの、必要なものを手に入れるために僕らは生きてる。extremeは僕にとってはそういう存在だった。すごく好きで、大事なものだったし、メンバー達のことも大切に思っていた。僕は本当に、あのバンドで精一杯、やれるだけのことはやったんだよ。
もう何年も前の話だけど、ポール(ギアリー)がバンドの活動に対して何の熱意も示さなくなって、音楽的なインプットも何ももたらそうとせずに単なる"お仕事”として取り組むようになった時だって、僕はそれでも何とか音楽性を支え、引っ張って行こうと頑張ったんだ。
でも、もう限界だった。僕ひとりには荷が重過ぎたよ。結局は単なる時間のムダになってしまった。


―何かこれまでとは違う、新しい方向性を打ち出して、昔のような感覚に戻れないかと模索したりは?

N:勿論したさ。「III SIZE TO EVERY STORY」のツアーが終わった後には僕の中にもバンドとしてのひとつの達成感というか、頂点を極めたって感覚があった。
だから「Waiting For The Punchline」の制作前に、バンドでリハーサル・ルームに入った時にも、僕の中からそういうネガティブな感情は薄れていって、いろいろ思い悩んでいたのもバカみたいに思えたから、ここでみんなのアティテュードも何もかも一新して、もう一度スタート地点に立ったつもりでやればいいじゃないか、って思う事にした。みんなできっちり話し合い、それまであった確執とか緊張とか、そんなものはすべて捨て去った。でも、これはイケる、グレイトだと思えたのは、ほんの一週間だけだったよ。
そこで僕が悟ったのは、この状況はもう、どうあがいても自分の手では変えようがないってことだった。彼らは、現状に満足出来なくて強硬に押しまくる僕を見て「一体どうしたんだ?」って言い始めたけど、僕はもっと向上できないはずはないと思っていたんだ。もっと良いアルバムを作りたい、そのためにはもっとリハーサルを重ねて、もっともっと頑張らなきゃダメだって思ってた。
でもそうするうちに、他のメンバー達は僕を吊るし上げるようなミーティングをするようになった。彼らは言ったよ、「おい、もっと力を抜いて、ただ楽しむってことが出来ないのか?」ってさ。そこで僕は、
「ねぇ、このバンドは本当ならもっと大きな成功を手に入れられるのに、ほんのちょっとの成功で満足しちゃってるような気がしてしょうがないんだよ。僕達にはもっと作るべきアルバムがあるし、もっと出来ることもやるべきこともいっぱいあるじゃないか」って言った。彼らは現状にすっかり満足してしまっていたんだ。でも、アーティストとして、ソングライターとして、これが限界なんてことはないんだよ。
で、今回のソロ・アルバムは、僕の持ってる力を自分自身に対しても、彼らに対しても示す結果になったと思う。彼らはこのアルバムを聴いて、凄く驚くと同時にがっかりすると思う。違うレベルに行くことは可能だった、もっと良いアルバムを作ることも出来たんだ、って悟ってね。


―あなたの「アーティストであれば常に向上心を持つべきだ」という考え方に、他のメンバーはむしろ居心地の悪さを感じていたんでしょうか?

N:そう、たとえば曲を書く時のやり方も、ずっと歌詞を書いてたのはゲイリーだから、彼はいつも歌詞の担当で、反対に僕はどんな時でも曲担当、って具合に、バンドの中にある妙な縄張り意識みたいなものがあったんだ。
本当にバカバカしい、くだらない闘いが水面下で繰り広げられてた。ゲイリーは僕の歌詞を気に入らなかったし、
「そんなのしまっとけ」って言ったよ。自分のテリトリーが脅かされてると感じたんだろうけど、僕には全く理解出来なかった。そうしてるうちにバンドが成長するどころか、どんどん退行して行ってるような気がしてならなくなったんだ。
まぁ、あんなことを続けていれば、バンドはどのみち長くなかったよ。


―曲を書いて、アレンジもして、プロデュースまでしていたあなたは、バンドで行なうべき作業のほとんどをひとりでこなしていたわけだから、他のメンバーの領域はとても限られていたでしょう?
本来なら創造の段階で他のメンバーがもっと関わっても良かったのに、彼らにはそうする動機やアイディアがなかった……。結果的にあなたは孤立してしまっていたわけですか?

N:ああ、そうだね。僕ら、本当によくモメたよ。たとえばプレスに関しては、バンドの考えや作品の主旨を説明するのが得意な人間がいるなら、そいつがスポークスマンてことになる。ところが僕らのバンドにはプレスをやりたがる人間が誰もいなかった。
で、僕は別に取材を受けることは構わなかったからやるようになったんだけど、これが結構重労働だったんだ、何しろ僕がひとりで全部の取材を受けなきゃならなかったからね。
ところが、しばらくしてどういうことが起こったかと言うと、他のメンバー達は僕がバンドの中心的存在として
見られることに不満を抱くようになったんだ。でも、それじゃどうすればいいって言うんだ、って話なわけだよ。
僕はこれをやる必要があると思ってるからこそやってただけで、それをやるのは誰でも良かったんだ。それが、
「ヌーノばかりに注目が集まり過ぎてるけど、この問題をどうしよう」なんて話し合いになって……。僕は言ったよ、
「それならいい。僕は下りるから、お前らで分担してプレスやれよ。出来ないわけじゃないんだから」って。けど彼らはそれはやりたくないって言う。僕はそこで気が付いたんだ、彼らにとって大事なのはこういう部分なんだって。音楽じゃなく……、良い音楽、良いアルバムを作るってことじゃなくてね。


―でも、バンドの中心人物があなただったというのは事実でしょう?
どのメディアも誰に話が聞きたいかといえば、やっぱり音楽的ブレインのヌーノだったと思いますよ。あなたの露出が偏重になっても仕方がなかったとも言えませんか?

N:うん、それは僕らもみんなわかってたことだったんだけどね。ただ、僕が一番辛かったのは、バンドの人間関係を保つために、人前で話をする時には常に意識して自分を卑下し続けてきたことなんだ。
つまり僕は……、ほとんどすべての曲を書き、ギターをプレイしていて、実はドラムも大半プレイしてたりするんだけど、それは誰も知らない。
仮にそういう人間がいたとするよね。彼はまたほとんどすべてのベース・ラインを書いて、プロデュースして、ミキシングして、アートワークにも関わっていながら、「バンドのケミストリーが重要なんだ」とか「僕のやったことなんて何でもないよ」って言い続けて……。
でも、僕が何をやってもバンドが僕の働きをきちんと認めてくれたことは一度だってなかった。11年間一緒にやってて、ただの一度たりともね。僕がミックスを終えた時だって、「このミキシング最高だよ。やっぱりお前はいい仕事するよな」なんて言われたことはない。言っとくけど、勿論そんなものが欲しくて僕はその仕事をやってたわけじゃない。僕は明確なアイディアが頭にあったし、どうすればいいのかもわかってやってただけだ。それで気に入らなければ、彼らは当然文句を言うわけだよ。で、文句が出ないってことは、何も問題がない証拠なわけで、
僕もだんだん誰にも何も言われないことに慣れてしまったんだ。

―彼らもあなたに任せておくことに、すっかり慣れてしまっていたのかも……。

N:まぁね(苦笑)。たとえば取材で「今回のアルバムは良いですね」って言われたら「うん、そうだろ。曲は全部僕が書いてるし、プロデュースも自分でやったんだ」って言えばもう充分だ。そこに敢えて、「うん、でも気が付いた? アレンジをやったのも僕だし、ミックスしたのも、エディットしたのも、あれもこれもみんな僕なんだよ」、なんて言いたいとも思わない。でも、そうは言いながら、バンドは僕に対してだけでなく外の人間に対しても、それについて言及してくれたことはなかったんだ。これは辛かったね。
「Pornograffiti」のプロデューサー・クレジットはマイケル・ワグナーだったけど、彼は、レコーディングの最中、1分たりともスタジオにいたことはなく、実質的な作業はすべて僕がやったんだ。彼は、僕らがまだ無名で実績もないバンドだったから、レコード会社が全体を見られる人間を、ってことで雇われただけで、実際は何もしてない。でも、いざクレジットの段階になると、彼はプロデューサー・クレジットを僕と分け合うことを真っ向から拒否した。あれだけ長い時間、自分達の持てるすべてを注ぎ込んだものを、その苦労も知らない第三者がしゃしゃり出てきて、平気な顔をしてるのが僕には許せなかった。
僕はバンドに言ったよ。「こんなことが許されていいはずがない。あいつはスタジオに一度も来たことなかったじゃないか」って。でも、彼らは「別に大したことじゃないよ」って取り合わなかった。でもそれじゃ、僕らが注ぎ込んだ労力はどうなるんだ? 僕のやったことは? 僕は、いっそ誰の名前もクレジットされなければいいって思ったよ。そうすれば少なくとも、嘘にはならないからね。でもその願いも通らなかった。バンドはむしろ喜んでるみたいだった。ヌーノばかりが仕事をしてると思われなくて済んで良かったって。


―……そんな。

N:いや、それが紛れもない事実さ。と言いながら、正直言って僕がいま話したようなことを、雑誌にそのまま載せてもらってもいいものかどうかはちょっと判断がつきかねる(苦笑)。
うん、でもいいや。僕は構わないから。こんな話は、聞いたってわかっちゃもらえないかも知れないけどね。これまで誰も知らなかったことだと思うから……。


―あなたが民主的にやろうと必死だったのは知っていましたが、そこまでシビアだったとはね。

N:まぁ、民主的と言えば民主的だよ、だってスタジオに入ってたのは僕ひとりで、意見を闘わせられる相手も、
ミキシングが終わって「ねぇ、どう思う?」って聴かせられる相手さえいなかったんだから(苦笑)。
アルバムが出来上がっていく時の喜びや、興奮や、完成した時の思わず「グレイト!」って言ってしまうような瞬間を共有しようともしない。自分のプレイしたパートを誰がどういじろうとも構わない。そんなバンドがいるなんて聞いたことないよ。
でもそうやって、たったひとりで作業を終えた時、「一体これは何なんだ?」って思ったんだ。アーティストとして、自分の作品は常に自分の手で最初から最後まで仕上げるチャンスを持ってなきゃ、意味がないじゃないか。
そういうアティテュードが、今度は経済的な部分にまで波及してきて、取るに足らないことを巡るバトルがそこでも展開されたんだ。実際、僕はいろんなことをひとりで全部やってたけど、それを口にしなかったのみならず楽曲の権利まで完全に四等分してたんだ。でも、それに文句を言うヤツが出てきてね。もっと自分に金が入ってきていいはずだってね。その種の問題が頻繁に起こるようになって……。
要するに、ミュージシャンであること、音楽を生業としていることの何たるかが、スッポリ抜け落ちちゃってたんだ。そして、僕を問題児扱いするようになった。何故かって? それは僕がただひとり、ずっと昔から変わらなかったからさ。

―でも、そうした問題はあなたの音楽作りには影響を与えなかったでしょう?

N:ああ。僕は、自分の音楽、自分のやってることをいつも心から楽しんでたからね。でも、もしかしたら外から見てるとそうは見えなかったかも知れない。多分、僕は他の連中より早く進み過ぎてたんだろう。
どうすれば僕のペースについていけるか、どんな風に応えればいいのかってことさえ彼らにはわからなかったんだ。でも、誰かをその人でないものにすることは出来ないよ。僕はどんどん先へ進みたいんだ。


―バンドから離れて、誰に気がねもなく自分のペースで制作した初めてのアルバムが今回のソロ・アルバムというわけなんですね。

N:そうさ。実は「Fallen Angels」(ソロ収録曲)は、数年前に「こういうサウンド試してみたい」ってバンドに聴かせたことがあるんだ。でもその時のバンドの結論は、「こんなのとんでもない」だった。だけど、それじゃこれより良いアイデアがあるのかって聞くと、答えは「ノー」なんだ。それじゃなんでダメなんだ、って言うと「そりゃダメだからダメなのさ」って言うんだぜ。
で、それを僕が今回このソロでやったってことは、すべてが本気だってことを示してるのさ。“あと一歩”っていうんじゃなく、ね。
思えば僕らがエクストリームでやってきたことっていうのは、すべて“あと一歩”のことばかりだった。だから僕らは最後まで、本当の意味でビッグにはなれなかったんだと僕は思ってる。僕らのライブのパワーと可能性をもってすれば、世界中でアリーナ・ツアーをやりまくるようなバンドになることも夢じゃなかったと思うよ。実際そうなるはずだったんだ。それが何故現実にならなかったかと言えば、ひとえに僕らの“あと一歩”のファクターのせいさ。あとひと押しで僕らのことは知らない人達はいないって状況になりそうだって時に、僕らはプレスに出なかった。それもフロントマンのゲイリーがインタビューを嫌いだったって理由でね。
ライブを演ってても、あとひと押しで観客を僕らの手中に収めることが出来るって時にも、ゲイリーは観客に呼びかけようとしなかった。あとひと押しで僕らの最高傑作が生まれそうだって時にも、バンドは最大限の力を出し切ろうとはしなかった。
いつだって、“あと一歩(almost)”だったのさ。僕との最大の違いはそこだ。僕は“とことん(all the way)”やり尽くす。それがこのアルバムであり、それが僕って言う人間なんだよ。僕はもう、“もうちょっと”でビッグになれたはず、“もうちょっと”でそこら中ソールド・アウトに出来るはずのバンドにいるのはうんざりしたんだ。ねえ、僕が何度、どれほど、自分でマイクを掴んで“How the fuck are you Tokyo!”ってやりたいと思ってたか、わかるかい? そうすることによって僕らは観客に、僕らはフリをしているわけじゃない、これは演技じゃない、本気で全力投球してるんだってことを見せたかったんだ。 人々はアーティストがどんな人間かを知りたがってる。どんな主張を持ってるのか、の手がかりになるものを待ってるのさ。彼らは僕らのサウンドは好きだけど、それだけじゃ満足しない。それ以上の何か、共感出来るものを欲しがってるんだ。だからこそNirvernaはあれだけビッグになったのさ。カート・コバーンは観客に向かって積極的に話しかけるなんてことはしなかったけど、その代わりに彼は言葉や歌詞の上で、人々との強い繋がりを持っていたんだ。
一方僕らの歌詞と言えば、ゲイリーはとにかく完全に自分の世界に入ってしまっていて、僕でさえも見失うほどだった。あまりに暗過ぎ、あまりに宗教的過ぎた。そうやって彼は、僕とはぐれてしまうようになり、観客にも何を言っているのか理解されず……。ヴォーカリストとして言いたいことがあるなら、自分の言葉で表現し尽くせなきゃダメさ。彼はみんなの前で自分を表現し尽くそうとはしなかった。
悲しいことだけど、僕がバンドを離れて作ったこのアルバムを聴いて、彼も目が覚めるだろう。音楽にはたくさんの可能性があるし、世の中には他にも歌えることがあるって気づいてね。願わくばそうであって欲しい。そしてそれを、彼にはVan Halenで追求していってもらいたいし、そうするべきだと思うんだ。


―同時に、あなた自身もこのアルバムで、新しい可能性を見つけたと思うんです。音楽に対する愛情がうまいバランスを見つけたと言うか……。
以前は、あなたの人生には音楽しかないというシリアスさがあったけれど、ここでは、良い意味でもっとくだけてきてるでしょう。自分の生活や親しい人達のことを描きながら、音楽の持つ力を十二分に使いこなしている。
つまり、自分の生き方に責任を持ちながら、音楽の世界でもマジック・トリックを駆使しているんじゃないかって……。

N:うん、そう、そうなんだ。今日もこのソファに座って、昨日の夜もベッドに寝転がりながら、僕はずっと、一体これだけ幅広い要素の入ったアルバムのことをどうやって説明したものかと考え続けていた。だけど、僕の中ではもうここより先が見えてるから、内容に関しては、出来ればごく表面的な部分をなぞるだけにしたくて……。実のところ僕はもういまから、次のアルバムを作のが楽しみでしょうがないんだ。きっとやって行けば行くほど、自分が本当にやりたいことが何なのかわかってくるはずだと思うからね。
単純に言えば、好きなものに対する情熱のなせる業だと思う。一度好きになったら、それこそ血が滲むまで、とことんまでやらないと気が済まない、ってやつさ。音楽をやっていなければ僕は日本はおろか、ヨーロッパにもどこにも行けなかったかも知れないし、いま当たり前のように与えられていることも、ましてや創作の自由さえ手にすることも出来なかったかも知れないんだ。
そう思えば、どんな時でも、どんなことからもひとつでも多くのことを学んで、誰かの経験を見ながらそこから歌詞を思いついたり、メロディを書き留めたりすることなんて何でもないよ。
そういうものを全部つなぎ合わせて、出来上がってるのがアルバムなのさ。それが構成要素になっているものであり、僕を作っているものであり、アルバムを気に入った人達が知りたがることも結局その部分なんだ。要するに僕の、創造することに対する絶え間ない情熱や探求心が形になったものなのさ。本質的にはただそれだけのことを、プレスの連中は根掘り葉掘り聞いてくる。けど、細かいところにこだわってたら、イイところは全部見えなくなっちゃうよ。「どんなピックを使ってるんですか」とか「弦は何を使ってますか」なんてさ……(苦笑)。
でも、曲は曲だし、そこにそういう形で存在しているもの、それ以上でもそれ以下でもないわけだよ。わかるだろう、曲についての成り立ちについて質疑応答するっていうのは、極端な話、ここにあるコップの水を、「どうやってここに水を入れたの? どうしてこのグラスを使ったの?」(笑)なんてのと同じくらいバカバカしいことなのさ。このアルバムだって突き詰めて言えばただの15個の曲、それだけのことだ。テープをカー・ステレオに入れて、ひと通り聴いたら「クールじゃん!」って言って、あとはそのカセットを引き抜いて、別のアルバムに行けば、それでいいじゃないか。


―それが、そういうわけにもね……(笑)。

N:(笑い出す)アハハ、こんなことはこれまで誰にも言ったことないけどね。わかるよ、でも、実際そうなんだよ。それだけの話なんだ。そのすべてがどれほど深刻な問題かってことを語ることも出来るけど、結局のところ、
これは音楽なんだから、楽しめなきゃ意味がないじゃないか。僕はそのつもりでやってるからね。それ以上に大切なことなんて何もないよ。


―その気負いのなさが、このアルバムのポイントなんでしょうね。オープンで、聴き手をあなたの世界に受け容れ、歓迎する空気がある……。

N:ああ、そうだね。でもひとつ言っておくと、僕の世界っていうのは君の世界でもあるんだよ。僕が歌ってることを、僕だけの独自の体験として見られたいとは思わない。むしろ僕が自分の経験として書いたことは、他の人達が共感出来る、ひいては誰もが通る道であることに気づいて欲しいんだ。それが本当のところだからね。
たとえば「Gravity」は僕の両親や親戚が年老いていくのを間のあたりにしながら、自分達はその人達に対してどう接すればいいのかってことを問いかけた歌だけど、生きている限り、その問題を避けて通れる人間は誰もいないだろ。「Swollen Princess」は出産のこと。これだってみんな、人生のどこかの時点で、友達や女姉妹やなんかを通して身近に体験することだよね。
「Crave」は、誰かを恋しく思ったり、誰かと一緒にいたいって気持ちだし、「Pursuit Of Happiness」にしたって、幸せを求めてない人はいないって内容で、「You」は、人生の中で自分が本当に持っているもの、手に入れるものは何なのかって気づくこと……。そういう具合に、ずっと続いていく。
これは僕のレコードであり、僕自身のことを書いてはいるけど、ここに歌われているのはみんなのことでもあるんだ。だからこそ、僕はこういうコミュニケーションの手段を選んだし、だからこそ人々は共感を持ってくれると思うんだ。
僕は願わくば、日々何かを学んでいきたいと思ってるし、これからもずっとそうしていきたい。でも、これって、普通のことだと思うよ。


喉のつかえが取れたかのように、彼は話し続けた。時刻はすでに深夜2時を回っていた。
翌朝にはボストンに帰るため、8時にホテルを出発する予定だったヌーノが、しかも人一倍朝には弱いヌーノが、
こんな時間までインタビューに付き合ってくれたことに、私は心から感謝した。
まるで古いレコードを聴いているような温かみと懐かしさを感じさせるヌーノのソロ・アルバム。
そこには、extremeの音楽を必要以上にシリアスにしていた、重苦しい音の緊迫感はない。美しいものを美しいと素直に感じ、幸福感や愛情を聴き手と共有しようとする空気がある。音楽の中に、友達や家族、そして最愛の妻と娘とを自然に登場させ、人生の楽しさや、悲しみ、喜びを共に味わい、また日常を描くことで、自分と世界とが当たり前のようにつながっていることを見つめているヌーノがいる。
豊かなメロディとハーモニーがそのまま、彼の物事を見つめる視線とだぶっていく……。
「Song For Love」「Cupid's Dead」「More Than Words」「Get The Funk Out」etc、書き出したらキリないほどの数々の名曲を残したextreme。その終焉を残念に思ったファンも、この、ヌーノにとって初めての“人生のサウンドトラック”を聴いて、納得するだろう、彼が“あと一歩”を踏み出すことが出来て、本当に良かったと。






ヌーノはその後、トリオ編成であるMourning Widowsを結成し、2枚のアルバムを残して解散。
再度「一人で全てを作り上げた」ソロ2nd「population 1」を発表する。
同名義のまま「Sessions From Room 4 EP」を発表するが、こちらはディスク版は日本では未発売。(現在はiTunesストアで購入可能)
その後DRAMAGODSへと名義変更し、アルバム「Love」制作するが、エクストリームの再結成によりDRAMAGODSは活動休止状態となる。









このインタヴューを読んだ後にヌーノやエクストリームへの印象がどう変わるかは知らないが、少なくとも「Saudade de Rock」を発表するまではゲイリーとの関係は緩和していたものの、ベーシストのパット・バジャーとの関係は劣悪なままだったと思われる。
知人の結婚式での「瞬間的再結成」では四人が揃って数曲をプレイしたそうだが、2004年アゾレスでの再結成ライヴ、2005年の来日公演ではポール・ギアリーは帯同したものの、パット・バジャーは来なかった。
インタヴュー中に出て来る「楽曲の権利まで完全に四等分してたんだ。でも、それに文句を言うヤツが出てきてね。もっと自分に金が入ってきていいはずだってね。その種の問題が頻繁に起こるようになって……。」というのは、他ならないパットの事だったりする。
Mourning Widows 2nd「Furnished Souls For Rent」収録の「Fuck You」では「金に汚い人間」の事が出て来たり、「Sessions From Room 4 EP」収録の「Exit」では「もうお前と一緒にいるのはたくさんだ、俺は出て行くよ」という事を歌っているが、冒頭に入っている動物の鳴き声は「ラマ」であり、当時パットはラマを飼っていた、というぐらい根に持っていた事が解る。
結局パットを含む再結成となったのは、共通の知人に「お前らいい加減にしろ」と言われたからだそうだが、解散から10年以上経ってようやく関係は緩和してきたらしい。
ちなみに、ゲイリーについては2003年に「Guitar Wars」で共演しているがその際のインタヴューでは「別れた彼女とばったり会った感じ。最初は楽しくて盛り上がるけど、段々と別れた理由を思い出すんだ」とまで言っていた。友人としては関係はずっと続いていたそうだが、音楽をやる相手としては解散後もヌーノの中にまだわだかまりがあったのだろう。
エクストリームは「TAKE US ALIVE」ツアーを終え、ヌーノは今リアーナのツアーギタリストとして帯同しているため、エクストリームも休止状態。
個人的にはエクストリームよりソロ活動の方が好きなので、またDRAMAGODSを再始動して欲しいが…。

余談。
一応「Schizophonic」以降~「Love」までの全キャリアの曲が少しづつ収録されているからこの「ベスト・オブ・ヌーノ」を挙げるが、個人的にはこの選曲には全く納得していない。
いくら本人が選曲したとは言え、「Paint The Town Red」も「The Temp」も、「Furnished Souls For Rent」も入っていないベストなど認める訳にはいかない。
ハッキリ言って「Severed」なんか俺も言われるまで忘れてた。
実を言うと「population 1」ツアーでの選曲がベストなのだが、この人は公式でのライヴ盤というものがエクストリームの「BOSTON 2009」しか無く、それ以外はブートレッグでしか存在しない。
単発でのライヴ音源や映像はあるものの、それ以外では全く存在しないと言って良い。
なので、以下の曲を聴いた上で、ベスト盤を聴く…、というのが妥当な線だろう。それで気に入ったものがあればそれぞれのアルバムを聴いてみると良い。



















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Comments

Twitterからきました。
初めまして。貴重な当時のインタビューを文字お越して下さいましてありがとうございます。最近ヌーノファンになったもんでしてヌーノの脱退の真相知りたかったので感謝です。
ヌーノの苦悩がひしひしと伝わりました。まさに今まで抱いていたエクストリーム=Nuno Bettencourtってイメージ通りのバンドだったんだなって感じです。
でも他のメンバーにも言い分はあるかもしれませんが…。ヌーノって超気まぐれでまさに天才肌気質って感じですので。当時のインタビュー動画とか見てると他のメンバーはヌーノに気を使ってる気がします。
 
Re: Twitterからきました。
どうも初めまして、わざわざありがとうございます。
自分がファンになったのは実はMourning Widowsからでして、そこからエクストリームに遡っていったような感じです。
で、当時はまだ解散から5年程度でしたので、古本屋等で当時のインタビューを読めたりしたのですが、この「Music Life」誌のインタビューだけがちょっと異質で、それでテキストに残しておこうと思った経緯がありますw
どの媒体でも似たような話はしているのですが、ここまで尖った表現で書いていたのは「Music Life」誌だけでしたので…。
解散前までは良くも悪くもヌーノのワンマンバンドだった、という感じがしますね。
「他のメンバーはむしろ居心地の悪さを感じていた」というのは言い得て妙と言いますか、恐らくその通りだったのだろうと。
今でもたまにライヴで他のメンバーがミスったり、PAが音量をミスったり、エフェクトが上手く切り替わらなかったりすると凄い形相で睨んだりしている辺り、この人は昔からたぶん、変わっていないんでしょうねw
 
貴重なインタビュー興味深く拝見させていただきました。
ラマの鳴き声の意味、初めて知りました…そこまで根に持っていたとは驚きです。
「僕たちはもっと売れるべきだった」とはヌーノは常々主張していますが、やはりメインストリームで受けるにはゲイリーでは力不足だったのでは、と感じます
自分は小学生の時になぜか家にあったクイーン追悼コンサートのDVDを何の知識もなく見たのですが、
思い返してみるとゲイリーに対する印象は「なんか声も動きもキモい」でした。
そのあと白い短パンで上裸のヒゲの男が体をくねらせながら魔女のような声で歌ってたりして、そのDVDは軽くトラウマになりました…。その変態がアクセルローズと云う名前と知るのは大分後の話です。
ミュージシャン的力量でスターダムにのし上がったバンドというとヴァンヘイレンとパンテラが思い浮かびますが、やはりヴォーカルは有無を言わせぬ華がありますよね。
再結成後のエクストリームでのケヴィン、パット、ヌーノによるケミストリーはキャリアにおける頂点に達していると思います。Comfortably DumbやKing of Ladieはグルーヴの塊のような曲ですし、ボストンでのライヴは曲間も含めて並の完成度ではありません。
でもやっぱりゲイリーのハスキーボイスは……あまりファンクロック、ハードロック向きの声や節回しではないと思います。サミーヘイガーと声質は近いけど何かが決定的に違う…僕には分かりませんが。
 
Re: タイトルなし
どうもコメントありがとうございます。お楽しみ頂けたようで何よりですw
お金の問題に関しては特にパットの発言が大きかったようで、当時のヌーノからすれば相当腹立たしい問題だったのではないでしょうか…w
余談ですが、2012年4月の「ポルノグラフィティ完全再現ツアー」のフライヤーではパットの写真の上に「Money(In God We Trust)」のキャプションがあったりして、皮肉なのか冗談なのかの真意を図りかねる所ですw
ヌーノもゲイリーもクィーンフリークであることから、「III Size~」のようなクィーンスタイルを突き詰める形では良かったのでは無いかな…、と思いますが、仰るようにゲイリーに華があったか、と言われると難しい所です。少なくとも彼はハードロック的な歌い方にはあまり向いていないんですよね。
これも余談ですが、どうもヌーノはクネクネ動く人との相性が良いのでしょうか、一瞬で脱退した「サテライト・パーティ」のペリー・ファレルもゲイリーみたいな動きをする人でしたw
個人的には「Saudade de Rock」はヌーノのソロプロジェクトの延長線にあるような印象です。音楽的な部分を聴いて、「ようやく完全にバンド内部のイニシアチブを取れたのかな」と思いました。ケヴィンは「Sessions From Roo 4」や「LOVE」の頃から比較するとドラムが凄まじく上達しましたねw MW時代のジェフ・コンジーとの掛け合いも好きでしたが、ケヴィンとはお互いリラックスしてやっている印象があります。
ゲイリーの歌声ではやはり、「Saudade de Rock」収録の「The Last Hour」が一番合っていたかな、と…、若干ブルージーな曲調の方が彼の歌声は映えるのかも知れません。
 
とんでもなく同意です!!!
中学生の時にヌーノを知ってからずっとrespectしてる28の女です。

貴重なinterviewありがとうございます!!

確執の真意をようやく知れた気がします。

そして、ベスト盤の選曲がとんでもなくカス(失礼)なのも滅茶苦茶同意です!!!

あまりにひどい選曲で。。

あたしも周りにヌーノをお勧めする時はベスト盤の存在は教えません笑

そして主さんのお勧めの曲がわたしのお勧めと被りまくりでしたのでちょっとテンション我慢できずコメントさせて頂きました!!
 
Re: とんでもなく同意です!!!
コメント有り難うございますー。

…今見ると動画が2つほど削除されているようですね。この2つが何だったか思い出しているのですが、はて、何だったか…w
昨年のグラミー賞のステージでヌーノがリアーナの後ろで弾いていましたが、何だか複雑な気分になってしまいました。本人的にはそこにエクストリームとして立てた方が嬉しいんだろうか、等と思うと。
ベスト盤は本人選曲とは言え、やっぱ何かこう…、うん、違う! って感じですねw
「Severed」を入れるぐらいなら最初に予定してた「More Than Words」のエレクトリック版を入れてくれた方がよっぽど…。
チープ・トリックの「Surrender」も何故入ったのかよく解らないし、今までの全作品を持っているファンからすると、海外で発売されていた「Mourning Widows」の音源が入っている事ぐらいしか価値が無かったりして…。
自分が人に勧める時は「population 1」をベースに、人によって色々付け足したりしますw(ハードな曲が好きならSwollen Princessを追加したり)
「population 1」はヴォーカルがメインなんで、洋楽ポップ・ソングを聴く人には結構ウケが良いんですよね。

この人は活動次第では、あと10年、20年経ったらエリック・クラプトンの位置に居られる人なんですけどね…。
 
ありがとうございます
Music Life誌のインタビューありがとうございます。


私は中学生からずっとヌーノファンで、四捨五入でもう40歳。。。
今日まで解散の経緯が雑誌に載っていたのさえ知りませんでした。

あの頃は、多くのバンドが暗めのアルバムを発表し、グランジに始まる(?)
時流に多くのバンドが乗れないまま、解散・脱退とかその手のお話がたくさんあって
エクストリームもダメだったのかと落ち込んだ覚えがあります。
(当時はインターネット普及も微妙で情報が少なかったですしね)

地方住みだったため、エクストリームのライブはもちろん見れず、
就職・上京してスキゾのライブを観れた時は感動モノでした。
その時から最近の(?)ポルノグラフィティ完全再現ツアーまでほぼライブに参戦出来てます。

本インタビューを読み終え、またヌーノのCDを遡って聴こうと思います。
にしても、インタビューすごい内容でした。ファンにとっては衝撃的(^_^;)
このインタビューに対して、他のメンバーが読んだらいろいろ言い分おありでしょうが、それこそⅢSIDESってことでねw


G.I.T.-G(じっと)様、インタヴューのテキスト化ありがとうございました。


※私の中でヌーノのベスト盤はなかったことになっていますw
 
Re: ありがとうございます
どうもコメントありがとうございます。

自分はMourning Widows 1st時のヤングギターのインタヴューで気になって聴いてみようと思ったので、エクストリームの名前自体は知っていたものの、逆にさかのぼって聴いて行った感じです。
(そしてMourning Widows 1stが1999年=15年前という衝撃…)
当時高校生だった自分はMWでギターの在り方から歌い方、色々変えられてしまったように思いますw

「waiting for the punchline」なんかは見事にその時流に乗っかってしまったような作品でしたが、ヌーノは未だに「エクストリームの中ではあれが一番好き」と言っていますね。
実際、MW 1stにしても根底にあるのは「waiting for the punchline」の流れでしたし…。
ただ、グランジの持つ暗さとゲイリーの歌詞観の暗さが致命的なまでに一致してないんですよねw
インタヴュー中に「ゲイリーはとにかく完全に自分の世界に入ってしまっていて、僕でさえも見失うほどだった。あまりに暗過ぎ、あまりに宗教的過ぎた。」と言っていますが、「cynical」のビデオなんてまぁ、もう何を伝えたいのか全然解らないw
曲的には「cynical」「there is no god」「no respect」など、好きな曲は多いんですが…、複雑な所です。

ライヴほとんど参戦されているんですね! 自分は結局、その時その時のブートに手を出してしまう感じで…、まぁあまり褒められる事では無いんですが。
数年前に東京・西新宿でエクストリームのブートを買った時に店主と思しきおばちゃんとやたら熱く語り合った事を、ふと思い出しました。

この当時のBURRN!誌がどういう風にインタヴューを掲載していたのかが気になります。恐らく、幅由美子女史が書いたのだとは思うのですが…。
ヤングギターの方では触れてはいるけどここまで深くは話していなかったですね。このインタヴューの表面だけをなぞるぐらいで終わっています。
今となっては「midnight express」がパット、ケヴィンも参加しての演奏になっていたり、ポール・ギアリーがエクストリームのマネージメントも行っている事を考えると、あの当時の皆が今、上手くやっているのかな、と…。
問題は、リアーナはいつヌーノを解放してくれるの? って所ですがw

…やっぱりベスト盤に関しては皆さん思う所がおありなんでしょうか…w
 
こんなところに…
知らなかった事実があったなんて…G.I.T.-G(じっと)様ありがとうございます。私も36歳ですが、高校生の頃にextremeにはまりまっくていました。よくギターの練習もしてwarheadsが弾けたときは何度も繰り返し一人ライブをやってました…。
高校3年の時にwaiting for the~で来日しているときに来日記念版が出ましたよね?その中にAm I ever gonna changeが入っていて、この曲をライブで演るの?!とびっくりして田舎から都会にライブを見に行った事が懐かしいです。
そして解散の知らせが多分ヤングギターか何かで知ったのですが、本当にがっかりしたのを覚えています。まさかこんな事が起こっていたなんてその頃はインターネットなどでまだ情報が簡単に入る頃ではなかったですので、深くその理由を知る事はありませんでした。今回このテキストを読む事ができてよかったです。
それにしても皆さんベストの選曲には厳しい意見が多いですねwたしかに私も発売当時なんだこりゃ?と思いましたが…なのでチラシの裏に書けと怒られるかもしれませんが、私的?もしくは今から聞いてくれる方向けに選曲してみました!
1 EXIT
2 Swollen Princess
3 Sometimes
4 Angerexia
5 The temp(liveの時の速いバージョンで)
6 Furnished souls for rent
7 paint the town red
8 So'k
9 Love is a cigarette
10 Iron jaw
11 Got to have you
12 The swing
13 What you want
14 Something about you
15 Fine by me
16 I wonder
17 All Automatic
同じ17曲ならこうなります!と突っ込まれそうですが…w
できれば皆さんの希望も見てみたいですね。
 
Re: こんなところに…
どうもコメント有り難うございます。

恐らく、他のインタビューでも同じような事は喋っていると思うのですが、各媒体で切り捨てられた部分がかなりあったのではないでしょうか。
「天才ギタリスト ヌーノ・ベッテンコート」で脱退の頃のインタビューを観ても軽く触れているだけでさらっと流してしまっているので…w(もっとも、ヤングギター誌の再構成なので、ギター雑誌である以上、ゲイリーやパットの事については触れなかったのかも知れませんが…)
「warheads」良いですね! 自分も昔必死でコピーしました…、ソロよりもリフで心折れる人が多い気がしますw
あのベストは…、皆さんに頂いたコメントを観て「ああ、俺だけじゃなかったのね」とw
「I wonder」が入っている辺り素敵ですね…、ヌーノはバラード巧者なハズなのですが「More Than Words」以外あまり取り上げられないw
自分も考えてみました。ドラマゴッズでのショウケースを再現するような感じだと面白いかな? と思いつつ…。

1.Nice To Meet You
2.So'k
3.Lockdown
4.No Regrets
5.The temp(同じく速い+アウトロが長いヴァージョンで)
6.swollen princess
7.Spaceman
8.Monkey Paw
9.paint the town red
10.Too Late
11.Q.P.D.
12.Fallen Angels
13.All Automatic(MW1stヴァージョンで)
14.Furnished Souls For Rent(ライヴ時の"シャララ"ヴァージョンで)
15.crave
16.EXIT
17.More Than Words(Electric)

という感じでしょうか…、自分で「ヌーノはバラード巧者」とか言いながらほとんど入ってないですけどw
最後の「More Than Words」はボーナス・トラック扱いで…w
 
エクストリーム来日
ですね。

早速チケ予約いたしました!!
高額な交通費を出して地方から参戦予定です!!

早く見たい・・・けど、どうせ来るならNEWアルバム出してから
来てほしかった気がw

konahelix さんも、GiTさんも いい選曲です。

エクストリームもちろん好きですが、個人的にドラマゴッズも活動していただきたいです!!
 
Re: エクストリーム来日
6月に来日しますねー、大阪の方は週のど真ん中平日なので行けるかどうかかなり危ういですが…w
自分も新譜を出して欲しいと思っていますが、ゲイリーはゲイリーで自分のバンド、HURTSMILEのニューアルバムを完成させたり、パットはパットでケヴィン、ジョー・ペッシアとあと一人ギタリストを引き連れて自分のバンドをスタートさせた模様(パットはベース兼リード・ヴォーカルで、現在レコーディング中だとか)で、ちょこちょこと他のメンバーも活動はしているようです。
個人的にはヌーノはエクストリームよりもソロ活動の方が好きだったりするので、またドラマゴッズとしての活動を期待しているんですが…w

ゲイリーのHURTSMILE、前作からの曲のPV。って言うかジョー・ペッシア働き過ぎでしょ…w
ギターはゲイリーの弟だったような。(似てる!)
http://youtu.be/iiM-V0s-qHg

パットの方はこちら。やっぱこの人、歌は上手い。
http://youtu.be/x0P7Vo7-25g
 
ありがとうございました♪
新しい曲も、アルバムももう6年を超え発表していない、ライヴが見れる、生音が聴けるのはいいが、御隠居バンドのように感じて、心が不安定でした。ソロでまたやればいいのに、今、再結成したけど、再結成するまでのキャリア全体をみれば、Nunoのソロ、もしくはバンドのほうがはるかに長い。Extremeは、たまにでいいから、ソロ優先がいいと思っているファンは、私だけでしょうか?
このブログを読んで、また愛情を再確認しました。
Nunoとの23年間を、走馬灯のように思い出しました。
大好きな音楽性、技術、ハングリー精神、ずっとついて行きたい
尊敬するアーティストのNunoを思い出しました。
ありがとうございました♪

ちなみに、私もPop1ツアー2003年3月1日と2日は、Nunoのベスト選曲だと思います!!!
 
Re: ありがとうございました♪
どうもコメントありがとうございます。
そうですね、「Saudade de Rock」が既に6年前という…。
今の活動がバンドとして心地良いのかも知れませんが、個人的には「ポルノグラフィティツアーとかいつまでやっとんねん!」というイメージがあります。。。
ゲイリーやパットは新作をレコーディングしたりしているのにヌーノだけは何を? と…。
いえ、自分も彼のソロ作品が好きなので…、心境としては割と複雑だったりしますw

やはりあのツアーの選曲は良かったですね!
Pop1、スキゾ、MWとバランスが良かったと思います。
「qpd」や「flow」にギターソロのオマケとか、この人のライヴでの+αと言いますか、サービス精神は素敵ですw
 

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